みなさんは毎日かかさずに歯みがきしてらっしゃいますが、残念なことにほとんどの人の歯みがき法が、むし歯予防に効果的な方法でないようです。そこで、このブログでは、フッ素配合歯磨き粉歯磨き粉の選び方と正しい使い方を紹介します。さらに、歯みがきには限界があること、そして、歯みがきの限界をおぎなうために⻭科衛⽣⼠のPMTC(プロフェッショナル・メカニカル・ティース・クリーニング)を受けることが大切なことを説明します。
目次
1.むし歯予防の味方! フッ素配合歯磨き粉
1-1.フッ素配合歯磨き粉の普及とともにむし歯は減ってきました。
1-2.フッ素のむし歯予防メカニズムと効果
1-3.むし歯予防の主役は、かつて歯ブラシ、今フッ素配合歯磨き粉
2.フッ素配合歯磨き粉をフル活用! 本当の歯みがき法
2-1.実は、日本はフッ素配合歯磨き粉の後進国
2-1-1.遅れた普及
2-1-2.低いフッ素濃度
★市販高濃度フッ素配合歯磨き粉のリスト
2-1-3.効果的な使い方を知らない
2-2.本当に効果のある歯みがき法
2-2-1.Modified toothpaste technique と イエテボリ・テクニック
2-2-2.日本口腔衛生学会推奨の歯みがき法
2-2-3.ダブルブラッシング法
3.歯みがきの弱点をカバー!「PMTC」のすすめ
3ー1.歯みがきのターゲット、昔 プラーク、今 バイオフィルム
3ー2.バイオフィルムの成り立ちとむし歯
3ー2-1.初めに付着するのは菌でない! 「ペリクル」
3ー2-2.2番手は病原性のない細菌の塊! 「マイクロ コロニー」
3ー2-3.糖分が病原性アップ!「バイオフィルム」
3ー2-4.様々な菌が付着・増殖!「成熟バイオフィルム」
3ー3.バイオフィルム対策
3ー3-1.歯みがきしてもバイオフィルムは除去しきれない
3ー3-2.PMTCでバイオフィルムを徹底除去
3ー3-3.PMTCのQ&A
1.むし歯予防の主役! フッ素配合歯磨き粉
1-1.フッ素配合歯磨き粉の普及とともにむし歯は減ってきました。
日本で初めてフッ素配合の歯みがき粉が登場したのは、今から70年以上前の昭和23(1948)年、「ライオンFクリーム」が発売されました。残念ながら当時はあまり売れなかったそうです。フッ素入り歯磨きのシェアは昭和 60 年(1985) に 10%程度 でしたが、昭和 63(1991) 年に40% にまで 上昇 して、平成 11年(1999)には 71 % に、最近は約 90 % の シェアを維持してます。
上のグラフは、12歳児の平均むし歯経験数(DMFT)とフッ素入り歯みがき剤のシェアの推移を示しています。フッ素入り歯みがき剤が増えるのと反比例して、むし歯が減っているのがよくわかります。1985(昭和60)年から2015(平成27)年までの30年間で、なんと約4分の1にまで減りました。ここにフッ素が大きく貢献したと考えられてます。
お持ちの歯磨き粉がフッ素配合かどうかを調べるには、商品の原材料名をご確認ください。「フッ化ナトリウム」「モノフルオロリン酸ナトリウム」または「フッ化第一スズ」と記載されていればフッ素が配合されています。
1-2.フッ素のむし歯予防メカニズムと効果
フッ素がむし歯予防に効果がある理由には、次の3つがあります。
(1)再石灰化促進 (2)歯質の強化 (3)むし歯菌の抑制
そもそも、むし⻭は、口の中にいるむし歯菌が引き起こします。食べ物や飲み物に含まれる糖質をエサに、むし歯菌が酸を作り出します。その酸が⻭に含まれるカルシウムやリン酸を溶かしてしまうのです。これを脱灰と言います。⻭が溶けると、唾液に含まれるカルシウムなどが⻭を修復します。これは再石灰化と呼ばれています。このとき、口の中にフッ素が存在すると,歯の再石灰化が促進されて、歯から溶けだしたカルシウムやリン酸をすみやかに回復させることができます。
また、フッ素がエナメル質に取り込まれると、その表面を強化して、むし歯菌の作る酸に抵抗力を高めます。
さらに、フッ素がむし歯菌に取り込まれると、菌の代謝系を障害して、むし歯菌が酸を産生する能力や生活能力を抑制します。
このような予防メカニズムで、フッ素配合歯磨き粉のむし歯予防効果は21~28%程度と報告されています。多くの研究が3年程度の短期間での調査ですので、長期的に使用した場合は50%程度、つまりむし歯を半減するような大きな効果があると考えられてます。
1-3.むし歯予防の主役は、かつて歯ブラシ、今フッ素配合歯磨き粉
昭和のむし歯予防の主役は歯ブラシで、ローリング法に適した「ローリングライオン」、歯の裏側までよく磨ける「バネットライオン」、歯と歯の間をきれいに磨く「ビトイーンライオン」など、様々にアイデアを凝らした歯ブラシが販売されてました。この頃、フッ素配合歯磨き粉のシェアは10%にも及ばず、むし歯予防にはフッ素よりも歯ブラシと磨き方が重視されてました
平成になってもしばらくは、歯磨き粉を軽視する傾向が続きました。この頃の歯科医師や歯科衛生士の多くが、患者さんに歯みがきのときに歯磨き粉は使わないでくださいと言ってました。
その理由は、次の2点でした。
口の中が泡だらけになって短時間で歯磨きを終わらせてしまう。
爽快感があって短時間で終わらせてしまう。
本来の歯磨き粉の役割とは関係のないことを理由に、歯磨き粉の使用を控えていたわけです。いまだに、患者さんから「歯磨き粉を使ったほうがいいのでしょうか?」と聞かれることがありますし、「歯磨き粉は歯ブラシの先にちょっとつけるだけにしてます」とおっしゃる方がいらっしゃいます。このような時には、「歯磨き粉はフッ素がむし歯予防効果を発揮するのに十分な量を使用することが大事」と説明するようにしています。
その後、 ブラッシングの方法は、比較的簡単なブラシの動かし方で、プラーク除去効果が高くて、歯や歯肉を傷つけないことを重視するようになって、これに適した歯ブラシが研究されました。この結果、毛束配列は 3~4 列の平切、植毛部の長さは 25 mm 前後、毛束の高さは 10 mm 前後の比較的コンパクトな歯ブラシが推奨されるようになって、歯科医院で専売されているような良い歯ブラシは、よく似た形にようになりました。
また、一般市場でも、かつて見られた奇抜なデザインの歯ブラシは次第に姿を消しました。
このように歯ブラシのデザインがシンプルなものに収束する一方で、むし歯予防で歯磨き粉に含まれるフッ素が、歯磨きの補助剤的な役割から、次第に、積極的な予防剤として扱われるようになります。
2.フッ素配合歯磨き粉をフル活用! 本当の歯みがき法
2-1.実は、日本はフッ素配合歯磨き粉の後進国
わが国の歯みがき習慣の定着率は95%を上回り、他の先進国と比較しても決して見劣りしませんが、むし歯予防の観点からすると、欧米諸国の12歳児のDMFT指数(むし歯の歯数と治療済み歯と抜歯歯数の総和)で比べると,未だむし歯が多いです。
この理由には、次の3つが考えられます。
普及が遅れた。
フッ素濃度が低かった。
使い方が効果的でない。
2-1-1.遅れた普及
欧米諸国におけるフッ化物配合歯磨剤の市場占有率(シェア)は1990年代で90%以上で、それらの国々でのう蝕減少への貢献度は極めて高いでしょう。しかし、わが国では90%を越えたのは2010年で、欧米諸国に20年遅れたことになります。
2-1-2.低いフッ素濃度
わが国の厚生労働省は、2017年3月に、フッ素配合歯磨き粉のフッ化物イオン濃度が1500ppmの高濃度フッ素配合歯磨き粉の市販を新たに認めました。欧米諸国や国際的な基準を設定する ISO も、すでにフッ素配合歯磨き粉の上限を1500ppmと決定していたので、今回の認可は遅すぎたとも言えます。WHOは1994年に「フッ素濃度が高い方がむし歯予防効果は高く、指示されている使用量を守れば安全であることが科学的に証明されている」ことを報告しており、高濃度フッ素配合歯磨き粉が普及するとともに、むし歯がさらに減少することが期待されます。
濃度については年齢に応じて次のような点に注意が必要です。
15歳未満は、1500ppm高濃度フッ素配合歯磨き粉の対象ではありません。
6歳未満は、1,000ppm以上のフッ素配合歯磨き粉の対象ではありません。
幼児向けに、100ppmなど500ppm未満の濃度のフッ素配合歯磨き粉が市販されてますが、このような製品にはむし歯の予防効果が認められていません。
★市販高濃度フッ素配合歯磨き粉のリスト
現在、ドラッグストア等で購入可能な1450ppmフッ素配合歯磨き粉には以下の製品があります。まだ、高濃度の製品は限られていますから、注意してください。
ライオン
システマEXハミガキ
クリニカ アドバンテージ ハミガキ クールミント
クリニカアドバンテージNEXT STAGE+知覚過敏ケア ハミガキ
クリニカアドバンテージNEXT STAGE+ホワイトニング ハミガキ
NONIO(ノニオ) プラス 知覚過敏ケア ハミガキ
NONIO(ノニオ) プラス 知覚過敏ケア ホワイトニングハミガキ
サンスター
バトラー エフペーストα(アルファ)
ガム歯周プロケア ペースト
ガム歯周プロケア ペースト 知覚過敏ケアタイプ
ガム歯周プロケア ペースト うるおいタイプ
ガム・ウェルプラス デンタルペースト
グラクソ・スミスクライン
シュミテクトやさしくホワイトニングEX
シュミテクト PROエナメル マルチケアEX
シュミテクト バリア&プロテクト
花王
クリアクリーン プレミアム 歯質強化
クリアクリーン プレミアム 美白
クリアクリーン プレミアム センシティブ
2-1-3.効果的な使い方を知らない
歯磨き粉の使うにあたって、使用量が少ない場合と、使用後のすすぎに使う水の量と回数と時間(秒数)が多い場合、つまり、すすぎ過ぎの場合は、むし歯予防効果を発揮できません。
ところが、フッ素の過剰摂取や歯磨き粉の研磨剤や発泡剤の成分を過度に心配する人達が、「フッ素を使いすぎると斑状歯になるから少しだけ使って、歯磨きが終わったら何回もうがいするように」 「歯磨き粉は使い過ぎると歯が削れるからほんの少しだけを使うように」 「歯磨き粉を使うと泡だって、汚れが取れていないのにうがいをして歯磨きを終了してしまったりするから使わないように」という根拠のないアドバイスをしたこともありました。
フッ素配合歯磨き粉は、すべての年齢の、むし歯の多い人も少ない人も、様々なお口の状況のすべての人々が使用すべきホームケア用品です。ところが、その使用方法は個人によってまちまちになっていて、本来の予防効果を逃しています。そこで、次にフッ素配合歯磨き粉の正しい使用方法を説明します。
2-2.本当に効果のある歯みがき法
効果的にフッ素配合歯磨き粉をつかう歯みがき法として、次の3つを紹介します。
Modified toothpaste technique と イエテボリ・テクニック
日本口腔衛生学会推奨の歯みがき法
ダブルブラッシング法
3つの方法は、歯みがき粉の泡の活用、歯みがきの後のうがいの許容、歯磨き粉の使用量に違いがあります。この中から自分にあった方法を選んで続けて下さい。我流で歯磨きするよりも、フッ素のむし歯予防効果を確実にします。
2-2-1.Modified toothpaste technique と イエテボリ・テクニック
先に書いたように、欧米諸国では我国より随分早くフッ素配合歯磨き粉が普及したので、その使い方についても早くから臨床研究されてました。1995年にスウェーデンのイエテボリ大学歯学部がModified toothpaste technique 「修正歯磨き粉テクニック」を発表して、未就学児のむし歯を26%減らす効果があることを実証しました。
その使い方は次のとおりです
歯ブラシの毛を水で濡らして、歯磨き粉を2 cmのせる。
約2分間ブラッシングする。ブラッシング中には泡をできるだけ吐き出さないようにする。
ブラッシング後、口を閉じて、口の中の歯磨き粉の泡を歯列のあちこちにぶつける感覚で、頬、唇、舌、約30秒間激しく動かして強くグチュグチュとゆすぎます。歯列の前でグチュグチュ、歯列の右側でグチュグチュ、左側でグチュグチュ、お口のすみずみに歯磨き粉の泡をぶつけるようにしてから吐き出します。
歯磨き後に水ですすがないようにします。そして、最低2時間は食事をしないようにします。
このModified toothpaste technique を、NHK 「ためしてガッテン」は「イエテボリ・テクニック」として紹介しました。「イエテボリ・テクニック」という名称は、番組に出演した東京歯科大学名誉教授 眞木吉信さんがスウェーデンに留学中に現地で使われていた名称で、番組でもその名称で紹介したそうです。最大の目的は「歯磨きの後に口の中にフッ素を残すこと」にあるとして、次の4点をポイントにあげました。
フッ素配合の歯みがき粉をたっぷりと使う(目安は2cm)。
歯全体に歯みがき粉が行き渡るように意識して2分程度歯みがきを行う
口の中の泡などをしっかり吐き出したあと、口をゆすがない。 ゆすぎたい場合は水を少量にして、回数も少なくする。
歯みがきのあと、2時間飲食をしない(最低でも30分)。
なお、このテクニックの対象は15歳以上です。
歯磨き後にしっかりゆすぐことを永年続けている日本人向けに、「ゆすぎたい場合は水を少量にして、回数も少なくする」と書き添えてあります。また、歯磨き後の泡をさっさと吐き出したい気持ちに配慮して、歯磨き後の口の中の泡を口中に行き渡らせるように30秒間グチュグチュすることが省かれています。このように、少々の予防効果の低下に目をつぶって、オリジナルを日本向けにアレンジしてイエテボリ・テクニックとして紹介しているようです。
番組で「通常の歯みがき方法と比べて虫歯の予防効果が40%以上高いことがわかった」と放送してましたが、これは、成人を対象に1450ppmの高濃度フッ素配合歯磨き粉を1日に2度使って、NHKのあげた4つのポイントを守るだけでなく、忠実にModified toothpaste techniqueを守って、ブラッシング後にゆすがなかった結果である点に注意が必要です。
2-2-2.日本口腔衛生学会推奨の歯みがき法
お口の健康増進や病気の予防に関する教育・研究の専門団体である日本口腔衛生学会は、歯磨き後のうがいを省けない日本人向けに、次のような使い方を推奨しています。
歯ブラシに下図の年齢に応じた量の歯磨剤をつけます。
みがく前に歯磨剤を歯面全体に広げます。
2~3分間歯磨剤による泡立ちを保つような歯みがきをします(特に歯みがき方法にはこだわりません)。
歯磨剤を吐き出します。
10~15mlの水を口に含みます。
5秒間程度ブクブクうがいをします(洗口は1回のみ)。
洗口は1回だけです、吐き出した後はうがいをしません。
その後1~2時間程度は飲食をしないことが望ましいです。
さらに、フッ化物配合歯磨剤を用いたブラッシング回数は、1日2~3回と頻度が高いことが望ましい。
2-2-3.ダブルブラッシング法
歯磨き粉の味、研磨剤、発泡剤を嫌って、歯磨き粉そのものを使いたくない人もいますし、幼少あるいは障害により寝かせみがきをしているため歯磨剤の多くを飲み込んでしまう人もいます。また、歯磨きの後に、十分にゆすぎたい人もいる。このような人は、フッ素配合歯磨き粉を有効に使うことができません。そこで、しっかりゆすいで、できるだけ歯磨きの使用量を少なくする方法が、ダブルブラッシング法です。
1回目には、歯磨き粉を用いないカラみがき(フッ素配合歯磨き粉を用いてもよい)をして (ファーストブラッシング) 、納得いくまで歯垢を除去して、その後十分に口をすすぎます。
そして2回目には、歯ブラシにフッ素配合歯磨き粉をつけて歯に適用する(セカンドブラッシング)というダブルブラッシング法を利用すれば,フッ化物配合歯磨剤のメリットを活用できます。
セカンドブラッシングは、歯ブラシでフッ素を歯面に適用することが目的であるため,成人で3〜4mm程度(小豆粒大)、子どもはその半分を歯ブラシに取って、3 0 秒程度でフッ素を歯面に延ばして、その後、15mlの水で約5秒間の洗口をするにとどめます。
3.歯みがきの弱点をカバー!「PMTC」のすすめ
欧米では多くの人が、随分以前から、むし歯はなくても定期的に歯科医院を訪れると言います。目的は歯科衛生士による「PMTC」を受けること。PMTCは「プロフェッショナル・メカニカル・ティース・クリーニング」の略称です。仲田歯科医院でも20年以上前からPMTCを受けることができます。
虫歯や歯周病は、口の中に住みついている細菌が引き起こしています。PMTCでは、歯科衛生士が専用器具を使って、ふだんの歯みがきでは取ることのできない、歯と歯ぐきの間に溜まっている細菌の塊であるバイオフォルム(プラーク)を丁寧に取り除きます。プロケアを受けると、虫歯や歯周病のリスクが大きく減ると言われています。
3ー1.歯みがきのターゲット、昔 プラーク、今 バイオフィルム
歯みがきのターゲットは、決して「食べもののカス」ではありません。食べカスは食物残渣(しょくもつざんさ)と言われ、単純に噛み砕いた食べ物が歯の周囲に残ったもので、うがいや爪楊枝などで取れると思います。
歯みがきのターゲットは「細菌の塊」です。この細菌の塊を1890年代の昔から「プラーク」と呼んで、むし歯の原因として注目してきました。1mgのプラーク内には1億個もの細菌が存在するとも言われており、それを構成する細菌の種類は500種類以上で、この中の一部のむし歯と関わる菌がむし歯菌です。その後100年ほど経過して、この細菌の塊を「バイオフィルム」と呼ぶようになりました。単に呼び名が代わっただけでなく、最近の科学の進歩で解明された多くの知見が加えられてます。
日常生活の中では、台所の流しの水切りカゴの辺りのヌルヌルがバイオフィルムです。細菌をはじめとする微生物は、単独でばらばらに生育しているというイメージがありますが、実際は、環境が整えば集団で社会生活を営んでます。この微生物の社会=共同体が、周りに粘り気をもつ糊状物質のバリアをつくった状態がバイオフィルムです。バイオフィルムができる場所は、適当な栄養と水があるところですから、下水の管の中や、何かの排水溝といったところになりますので、何となく汚いイメージのところです。
医療分野にも、バイオフィルムが関与する厄介があります。例えば、コンタクレンズのケース内にはバイオフィルができて、角膜感染症の原因になることがあります。マルチパーパス・ソリューション消毒液(MPSタイプ)ではなかなかバイオフィルムを除去できません。定期的に新しいケースと交換する必要があります。
また、気管支炎や肺炎の中に長く患って、なかなかよくならないものがあります。これにも気道の表面のバイオフィルムが関わっているそうです。このようなバイオフィルムに起因する感染症はバイオフィル ム感染症と呼ばれ、さまざまな診療科で治療が困難で問題となっています。これは、バイオフィルムがバリアになって抗菌薬をブロックしたり、バリアをうまくすり抜けても内側で薬が効かない状態になるからです。そこで、様々な対策が研究・開発されましたが、一度できたバイオフィルムの除去は困難で、半年以上の長期にわたる薬物療法が必要なほどの難治性です。
むし歯と歯周病もバイオフィルム感染症です。歯と歯周組織は、バイオフィルム対策としてコンタクトレンズケースのように新品には交換できませんが、他の診療科と違ってバイオフィルムを、後で説明するPMTCによって、磨き取ることができます。将来、口腔内バイオフィルムを効率的に除去できるうがい薬が開発されるかもしれませんが、それまでは、できるだけしっかりブラッシングして、歯科医院でPMTCしてもらうことが必要です。そこで、次に歯みがきのターゲットであるバイオフィルムの成り立ちを説明します。
3ー2.バイオフィルムの成り立ちとむし歯
バイオフォルムは、いきなり歯面に付着してむし歯をつくるわけではありません。段階を踏んで成熟して、病原性を高めていき、むし歯を作るようになります。 これから、この過程を説明します。
3ー2-1.初めに付着するのは菌でない! 「ペリクル」
歯が生え始めると、最初に細菌が付着するのでなく、薄い膜が歯を覆います。これをペリクルと言います。その主成分は唾液中のムチンで、オクラや里芋のネバネバ成分と同じです。ですから、ペリクルは歯の表面に強固に粘着しており、ブラッシングしても除去できません。歯科衛生士が専門器具で歯をピカピカにクリーニングすればはがれますが、数分で歯は再びペリクルで覆われます。
ペリクルは歯の表面を熱や酸から保護しますが、これから、説明するように歯に細菌が付着する足場にもなっています。
3ー2-2.2番手は病原性のない細菌の塊! 「マイクロ コロニー」
ペリクルを足場にして、ミティス菌とオラーリス菌が付着します。これらの菌は私たちと共生する病原性のない常在菌で、むし歯とは関係のない言わば善玉菌です。このミティス菌とオラーリス菌のほかにゴルドニ菌やサンギニス菌などが集まって集落を形成します。健康な口を育成するためには、乳児のときに母親から子供にこのような善玉菌をきちんと伝えることが大切です。我々人間は、様々な細菌と共生しないとなりません。身体の中や人の周りの環境に多く存在する無害な善玉菌を育まないと、免疫力の低下につながり、悪玉菌が感染したときに発症しやすい状況を生み出すことになります。
この後に、ミュータンス菌や放線菌などがくっついていきます。しかし、この状態では ミュータンス菌は歯に強く固着しておらず、歯周病原菌は未だいません。この細菌集団をマイクロ コロニーと呼びます。マイクロ コロニーは菌と菌の間に唾液が通過できる程度のすき間があって、菌がつくった酸は唾液に拡散されますから、むし歯のできにくい健全な状態とも言えます。マイクロ コロニーは家庭でブラッシングをすれば除去できます。
3ー2-3.糖分が病原性アップ!「バイオフィルム」
マイクロコロニーが歯面にある時に、食事で糖分(主にスクロース)を摂取すると、ミュータンス菌が取り入れて粘着性の多糖体(グリコカリックス)を作ります。そして、マイクロコロニーはこの多糖体でぬるりとしたスライム状になって、う蝕病原性の高いバイオフィルムに変化します。
バイオフィルムの中でミュータンス菌が酸を作ると、マイクロコロニーと違って内部を唾液が流れないので、酸は拡散することなくに貯まります。この酸がむし歯を作ります。
洗口剤や歯磨剤に含まれている殺菌・消毒剤は、バイオフィルムがバリアになって内部の細菌にはなかなか有効に働きません。 さらに、バイオフィルムは家庭でブラッシングしても除去できませんから、ミュータンス菌はブラッシングや殺菌・消毒剤に脅かされることなく、酸を産生し続けてむし歯を作ります。
3ー2-4.様々な菌が付着・増殖!「成熟バイオフィルム」
時間ともに、バイオフィルム表面の粘着物質に歯周病原菌などの様々な細菌が集まって付着します。
内部ではミュータンス菌が増殖して粘着物質をどんどんつくるので、バイオフィルムは厚みを増して成熟します。
こうなると、一部の細菌がバイオフィルムから離れて、 口内を漂って、別の場所で感染を引き起こして、むし歯をつくります。
3ー3.バイオフィルム対策
3ー3-1.歯みがきしてもバイオフィルムは除去しきれない
バイオフィルムは、内側の多糖体(グリコカリックス)が存在する部分と、その外側に細菌が集まって付着している柔らかな部分に分かれています。
歯ブラシでブラッシングすれば、バイオフィルム外側に細菌が集まって付着している部分は除去できますが、バイオフィルムの内側は残ってしまいます。また、歯垢染色液を使っても、ミュータンス菌の産生した多糖体のうち50~65%は染色されません。除去しきれないうえに染色もされないバイオフィルムの内側では、ミュータンス菌が多糖体から酸を産生し続けますから、むし歯ができてしまいます。
3ー3-2.PMTCでバイオフィルムを徹底除去
歯ブラシで除去できないバイオフィルムの内側は、歯科医院で歯科衛生士がPMTCします。PMTCは「プロフェッショナル・メカニカル・ティース・クリーニング」の略称で、回転するラバーカップ等を用いてバイオフィルムを機械的に 歯面から剝がして除去します。こうしてバイオフォルムがなくなれば、唾液が直接に歯面に接触するようになって、唾液の再石灰化作用が有効に働くようになります。
また、PMTCでバイオフィルムを除去すれば、同時に使用するフッ素も本来の効果を発揮します。フッ素は周囲の唾液に溶け込で歯の再石灰化を促進します。
また、フッ素が唾液中のカルシウムなどと反応して酸に溶けにくい物質を作り、その物質で歯の表面がコーティングされたような状態にして、歯質を強化します。
さらに、ミュータンス菌はバイオフィルムから離れるとフッ素を取り込みやすくなって酸産生が抑制されます。
3ー3-3.PMTCのQ&A
PMTCは痛いですか?
基本的に痛くありません。むしろ、たくさんの方にリラックスして気持ちよく受けていただいてます。
知覚過敏がある場合には、ちょっと痛みを感じる場合もあります。そのような時には、担当する歯科衛生士にお伝えください。加減して実施いたします。
PMTCは健康保険適応ですか?
健康保険適応です。
PMTCはどのくらい時間がかかりますか?
仲田歯科医院では、PMTCは定期的なメインテナンスの一環として実施しております。
このメインテナンスの内容は、むし歯のチェック、歯周ポケットのチェック、バイオフィルム(プラーク)の染め出しとブラッシング指導、PMTC、歯石除去、などです。
このメインテナンスに要する時間は、平均1時間です。もちろん、お口の状況に応じて、所要時間は増減します。
PMTCはどのくらいの頻度で行ったら良いですか?
PMTCの頻度は標準的には3ヶ月毎ですが、一人ひとりの患者さんにより異なって、毎月から半年に1度の頻度で行います。
リスクの高い人は標準より高頻度でPMTCして、逆に、リスクの低い人は期間を長く設定します。
つまり、今迄のむし歯経験の多少、家庭でのブラッシング、食習慣、喫煙習慣の無、歯周病の状況等を考慮してご本人と相談して頻度を決めます。
PMTCで歯を白くできますか?
PMTCすると、歯の表面の着色や汚れも除去するので、術後に歯が白く見えることがありますが、歯自体を白くするわけではありません。
歯が内側から変色している場合には、ホワイトニングをすることが必要です。ホワイトニングすると、元の歯の色よりも白くすることも可能です。
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